母が亡くなった時のこと

 

父が胃がんで亡くなってから、母は女手ひとつで私と兄を育て上げた。

その期間は39歳~59歳、約20年。ちょうど今の私ぐらいの年齢の時からだ。

自分に置き換えてみると、とてもじゃないけど出来そうにない。

既に旦那様と結婚してて、でも病死して9歳の娘と13歳の息子を抱え・・・無理無理!!

 

誰とも再婚することなく、死ぬまでシングルマザーでいたのは我が母ながら凄いと思う。

そして私と兄は、何かと欲しいものを我慢したといった記憶もない。

母子家庭と言った引け目を全く感じさせなかった母の手腕は、今でも尊敬せずにはいられない。

怒ると怖いけど、基本的にはニコニコ笑顔の優しくて可愛い、料理上手で働き者の母だった。

 

ただ、私と兄は母の優しさに甘えすぎていたのかもしれない。

家事は食器洗い以外、私と兄は一切やらなかった。

今、自分が主婦になって痛感するのだが、食器洗い以外の家事を全部こなせってなると、相当きつい。しかも3人分。

せめて料理当番制にしたり、掃除などを分担したり、もっと家事を手伝えただろうって後悔しきり。

お人好しの母は私たちに手伝いを強制せず、何でも一人でやってしまっていた。

さすがに申し訳なく思った私は、16歳になってすぐにバイトを始め、稼いだ額の半額は必ず母に渡した。

これを人に言うと必ず偉いねって褒められたが、私の中では当たり前のことだった。

 

母の異変は、私が当時の友人とルームシェアしだしたあたりから。

兄が母のためにマイホームを買ったのだが、移動が面倒くさい私は、たまにしか帰らなかった。

それから母はリウマチになったり転倒したり、入院したりした。

 

もっと早く私が母の異変に気付いて友達とのルームシェアを解消し、実家で一緒に住んでれば死なずに済んだかもしれない。

母が高齢になってゆくことを、ちゃんと人生設計として兄とともに真剣に考えておくべきだったのだ。

恐らく厨房や、レストランパートの仕事が忙しかったのだろう。

過労から2回目の転倒で、再び母は病院送りになる。

しかし、その時の兄は素人判断で、自宅療養させることを選んだ。

みるみる衰弱してゆく母。

私が久々に実家へ帰った時、部屋で寝たきりの母さんを見て、激しく動揺した。

何故なら、老け込んだおばあちゃんみたいになっていたからだ。

だが兄を責めても仕方がない。恐らく彼自身も、日々老け込んでゆく母の姿がショックで思考がマヒしてしまい、まともな判断ができなかったのかもしれない。

私たちは、母を入院させることに決めた。

先生の話を二人で聞いた。先生は、至って冷静に言う。

 

「脳梗塞と、アルツハイマーが始まってますね」

 

えっ?脳梗塞?アルツハイマー?治るん・・・だよね?

 

「先生、治るんですよね?良くなるんですよね!?」

 

矢継ぎ早に私は先生に問いかけたが。

 

「もう、これ以上良くなることはないです」

 

それは、ある意味で死刑宣告だった。

その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れて止まらなかった。

あとは、どんどん悪くなるだけだなんて・・・。

兄に、何でここまで放っておいたんだ!バカヤロウ!と怒鳴りつけたかったが、私も同罪だから何一つ言える権利なんて、持ち合わせちゃいない。

 

それからの母は、お見舞いへ行くたびに会話ができなくなってゆく。私たちの名前や存在すら、忘れてく。認識すら、できなくなっていった。

大好きな人に存在を忘れ去られるって、こんなにも辛いことなのかと日々打ちのめされていった。

これは一人っ子だったら精神が病んでしまい、いつ自我が崩壊してもおかしくない状況だっただろうなと思う。

仲が良くなかった私と兄だが、この時だけは一致団結した。

 

そして二人の精神も肉体も疲弊してきたころ、朝ご飯にカレーを食べていた時、電話がかかってくる。病院からだ。

私たちは急いでカレーをたいらげ、兄の車に乗る。

信号待ちが、ひどくもどかしかった。

早くしないと、お母さんが・・・・・!!

 

急いで駆け付けた、母の病室。

すでに、心拍数がゼロだった。

 

ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ご臨終です」

 

あぁ、またあれか。

父さんが死んだときに聞いた、残酷な現実を伝える声と、無慈悲な機械音。

カレーを残せば、死に目に会えたかもしれないのに。本当にバカな子供たちだ、私と兄は。

だけど母の死に顔は驚くほど穏やかで、少し笑ってるようにも見えたのが唯一の救いだった。

 

生前、子供好きの母は孫の顔を早く見たがっていた。

しかし私と兄のダメダメな恋愛事情は筒抜けだったので、早々とあきらめていたみたい。

だから、今の私を誰よりも母に伝えたい。

 

 

お母さん、あのね。私すごく大好きな人と結婚できたんだよ。

なかなか妊娠しないけど、うまくいけばね、やっと子供ができるかもしれないんだ。

生きている間に孫を見せられなかったのは、ほんとうに申し訳なかったんだけど。

妊娠して安定期が来たら、必ず報告しに行くから、気長に待っててね?

お母さん。お父さんと愛し合ってくれて、本当にありがとう。

あなたが亡くなってから、そして結婚してから、あなたの偉大さを思い知りました。

いっぱいもらった沢山の愛情に、今でも感謝しています。

いつか私がそちらへ行った時は、あんまり叱らず、お手柔らかに頼むね。

 

私もパワフルだった母のように、強くたくましく生きていこうと思う。

 

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