私には大好きだったけど、聴くことも歌うことも出来なくなった曲が、1曲だけある。
理由は、とっても些細でくだらないこと。だけど、20年たった今も古傷は癒えないのだ。
時は音楽の専門学生時代に遡る。
授業の一環で、自作曲を先生に添削してもらい、アドバイスを受ける時間があった。
素人が作った歌を、プロの先生にブラッシュアップしてもらう為である。
ここで曲作りに煮詰まったり、持ちネタが尽きた人は過去の作品やカバーに走る。
私も例にもれず煮詰まっていた時期だったので、カバー曲を歌うことにした。
生徒から人気のO先生は気さくで、ほとんど怒らない優しい先生だった。
だから、私も安心してカバーしようなどといった選択ができたのだ。
私は当時、流行っていた椎名林檎さんの「ここでキスして。」を歌った。
自分の好きな曲だったし、モノマネも交えつつ上手く歌える自信があったし、実際に良い感じで歌えたと思う。
ところがどっこい、先生の反応は。
「満足した?」
今でも忘れない、この第一声。
ちょっと人を小馬鹿にしたような、O先生の裏の顔が垣間見えた瞬間だった。
「えっ?は、ハァ・・・」
その先生の豹変ぶりに戸惑ってしまい、間抜けな返答しかできなかった。
先生は、まくしたてるように続けた。
「あのね、全然ダメ。物真似もして自分では上手く歌えてるつもりなんだろうけどさ、ちっとも良くないよ。それなら君が作った歌を歌ってる方が全然いいよ」
最後に私の歌を褒めてくれたのは嬉しかったが、それを打ち消してしまうほどに前半の言葉が自分にとって衝撃的すぎて、大ショックだった。
先生は私のためを思って、あえて厳しい言葉を選んだのか、それとも本音をぶつけてきたのか。私は後者だと思ったが、もしかしたら両方かもしれない。
他人からすれば、そんな理由で椎名林檎の名曲を聴かない、歌わないなんて勿体ないと思われるかもしれない。
だけど、あの日の自信過剰で天狗だった、のぼせ上っていた自分を無残に打ち砕かれた記憶を追体験できないのだ。
先ほど、およそ20年ぶりにYouTubeで動画を見たが、やはり最後まで見られなかった。
そして、今後も歌えない気がする。
トラウマ克服のため、荒療治でも歌ってみた方が良いのかもしれないが。
専門学生時代は椎名林檎さんとか、Coccoさんとか、LUNASEAとか暗めの曲ばかり聴いてきた。
20年もたつと音楽の好みは変わり、ユニコーンとかサザンオールスターズとか明るめの曲を好んで聴くようになった。
今、こうして忘れていたのに思い出したということは、トラウマに打ち勝てる時期がきたのかもしれないと言うこと。
荒療治の一環としては、あえて一切ものまねせず、自分の声で歌い上げるという試練なのかな。
いきなり歌うことはせず、まず東京事変の群青日和から慣らしていこうかしら。
椎名林檎名義より、彼女のバンド曲の方が歌いやすいだろうからね。
あの日の自分に負けないで乗り越えるために、古傷から逃げずに向き合ってみたいと思う。
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