思い出すたび苦しくなる認知症の母の姿

 

今日は母の九周忌から一週間たった日。

もう10年近くたったのかと、時の流れの速さに驚いた。

 

実は九周忌の当日は忘れてしまっていて、その数日後に珍しく父の写真が落ちてきた。

恐らく、お母さんの九周忌を忘れた私を、お父さんが怒ったんだと思った。

 

そして私は、いまだに忘れられない認知症を患った母の姿を思い出した。

 

入院する前、母は脳梗塞と認知症の影響なのか65歳にして老婆のような姿になってしまい、這うようにしてトイレに向かっていた。

その姿を見ただけでもショッキングだったのだが、本当に衝撃的なのは、ここからだった。

無事に用を足せた母はベッドに戻らずリビングへ向かった。

おぼつかない足取りで、心配なので見守っていたらバランスを崩して転倒した。

すぐに助けようとしたら、母は叫んだ。

 

「へあぁ~~~~~」

 

間抜けな声を張り上げて、いったい何を伝えたかったんだろう?仰向けになって手足をジタバタさせている姿は、まるで殺虫剤をかけた後の虫のようだった。

実の母親を虫扱いって、我ながらひどい娘だと思うんだけど、本当にその時はそう見えてしまったのだから仕方がない。

ショックを受けた自分を奮い立たせ、母を起こして肩を貸してからベッドへと運んだ。

 

まだ糞尿を漏らしたりゲロを吐いた訳ではないのだから、ダメージは少ない。

ただ、この姿は10年近くたっても脳裏に焼き付いて忘れられないほど、私にとっては悲しい記憶となった。

 

いつも元気はつらつ、ニコニコ笑顔の優しかった母さん。

そんな母を、こんなにボロボロになってしまうまで見捨ててしまったのは私と兄だ。

その罰を与えたのか復讐なのか、私は母が亡くなる前日に忘れられない夢を2つ見る。

 

虫の知らせだったのか、その夢を見る前に物凄い頭痛がズキンズキンと私を襲った。

きっと自分の死期を悟った母が、最期に私にサインを送ったんだと思っている。

 

最初に見た夢は、お母さんに風俗バレする夢だった。

生前、母に風俗バレはしていなかったのだが、もしかしたら何かしら証拠をつかんで見て見ぬふりを続けていたのかもしれない。

 

「どうして風俗なんかで働くの!」

 

母親は鬼の形相で怒り狂いながら叫び、物凄い剣幕で私を睨みつけた。

 

「だって、しょうがないじゃん!稼ぐには、母さんにお金を渡すには、この仕事しかなかったんだから!」

 

私も怯まず、負けじと応戦した。

 

 

会話は、うろ覚えで前後の記憶もないのだが、生前は親子喧嘩なんてしたことがなかった。

ましてや怒鳴りあうなんて、現実では恐ろしくて出来やしなかった。

目が覚めた時、異常に呼吸が乱れていたのを今でも覚えている。

私は本当に母親と感情をぶつけ合って大ゲンカしたんだと思って、夢なのに現実味がありすぎて、知らず知らずのうちに涙を流しながら呼吸を整え再び眠りについた。

 

その後に見た夢は、打って変わって優しい夢だった。

私と兄が母の両隣で膝枕しながら、子供のように甘えている夢だった。

その時の私と兄さんは大人の姿なのか、子供の姿だったのかは覚えていないが。

とにかくママー!ママ!って母親にまとわりついて、2人して童心にかえっていた夢だった。

 

目が覚めて、今度は違う気持ちで体を震わせながら、声を殺して号泣した。

兄がいなければ、きっと大声をあげながら泣き叫んでいたんだろうな。

私と、たぶん兄さんも本当は、もっと母さんに甘えたかったんだと思う。

 

何て両極端な夢を見てしまったんだろう。

この夢の内容を翌日、お兄さんには話さなかったと思う。

風俗バレなんて兄にも隠してたから話せる訳がないし、甘える夢も恥ずかしくて話せなかった。

 

朝ごはんは兄が作ったカレーを食べ、病院から母が危ない状態だと電話が来て、私たちが到着するころには既に息を引き取っていた母。

 

もし自分が死んで、あの世に行ったら父と母と兄に土下座して謝ろうと思う。

ただし兄にだけは、向こうにも土下座して謝ってもらう。それだけのことをしてきた奴だから。

 

生きているうちに親孝行って、難しい。

だって、いつ生き別れるかわからないんだもの。

それは親子だけに限らず、パートナーや友人たちにも言えること。

だから毎日、感謝の気持ちを忘れず愛情をもって伝える努力をしないとなって思います。

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